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おとぎ話

帰り道

「バイバイ・・・浮気しちゃダメだよ」
いつに変わらぬ言葉を背中で聞いたオレはいつもと同じコンビニに入り冷凍ケースの前に立つ。
美味い酒を飲んでの帰り道、アイスバーをかじりながら空に浮かぶ月を見て歩くのが気に入っている。
最近のお気に入りアイスを探していると、そばまで来た女子店員が、
「品切れですよ。夕方、見た時になかったんです」
いつだったか、22時頃に立ち寄る店内は多くの客で賑わっている時間帯なのに、その日は、たまたまレジ付近には女子店員しかいなかった。
「飲み屋さんからの帰りでしょう??この甘いアイスが良いんですか??」
「酒を飲んでいる最中は楽しいんだけど、一人歩いて帰る時間は、むなしく感じることもあるんですよ・・・そんな時、この甘いアイスが寂しさを癒してくれる」
そんな会話をしたこともあって、最近は差し障りのない範囲で挨拶以外の言葉も交わすようになっている。
今では他のレジが空いていても彼女がいるレジに並ぶこともある。
なにか目的があるわけでもないが、こんにちはの一言を聞くだけで心が穏やかになる。

ガリガリ君を手にしてレジの前に立つと、
「今日から700円以上で、クジを1回引けるんですよ」
「う~ん、それじゃ、このビッグフランクを5本ください」
「えっ、アッ、ごめんなさい・・・余計なことを言っちゃいました・・・いいですか??・・・それでは、クジを1回引いてください」
「じゃぁ・・・これでいいや」
「開けますね・・・当たり、キャラメルが当たりました。取ってきます」

新手の押し売りに掛かっちゃったなと思いながらも不快な感じはなく、棚に向かう女子店員の後姿を追う。
「これです。キャラメル・サレ・・・美味しいですよ。私は好きです、これが・・・」
じゃぁ、プレゼントするよ、と言っても受け取らないし、次の客が近付いてきたので店を出る。

ガリガリ君を舐めながら、空を見上げると真ん丸な月が優しく微笑みかけてくれる。
月に住むと言うウサギを探しながら、ゆっくり歩いていると靴音が近付いてくる。
コツッコツッコツ・・・ハイヒールらしい靴音が大きくなるにつれて、グリーンノートの香りが鼻孔をくすぐる。
コツッコツッ・・・近付いてくる女性が不快に感じないように、そっと横を見ると、茶目っ気を感じさせるクルクル動く瞳がオレを見つめている。
好い香りですね・・・なんとも間抜けた言葉が口をつく。
「良かった・・・お気に入りのエルメスの香水なの。私には、そのガリガリ君が魅力的なんだけど・・・」
「かじる??・・・良いよ、どうぞ」
「ガリッ・・・うぅ~ン、冷たくて美味しい・・・その袋は何が入ってるの??」
「これっ??・・・フランクフルトソーセージだよ」
「それを、待っている人がいるの??」
「いないよ。700円以上買えばクジを引けるって言うから買っただけだから」
「食べたいな・・・お腹が空いちゃった」
「この先の公園のベンチに行こうか・・・あっ、大丈夫。何もしないよ。ソーセージを食べるだけだから」

酒屋の前の自動販売機でコーラと紅茶を買って言葉を交わすこともなく無言で公園を目指す。
吐く息に混じるアルコールの匂いと、お気に入りだと言う香水の香りに、仕事で頑張った昼間の疲れを感じて微笑ましく感じながらも真意を測りかねる。
チラッと女の表情を盗み見ても、初対面のオレを警戒することなく、なにやら楽しげに歩いている。
昼間は母親に連れられた幼児やボール遊びに興じる子供たちでにぎやかな公園も、夜の帳が下りてガーデンライトの明かりに照らされるこの時刻は、人っ子一人見ることもなく不気味にさえ感じる。
公園の入り口が見える奥まで進み、ベンチに並んで座る。
プシュッ・・・プシュッ・・・女はコーラを、オレは紅茶のプルトップ缶を、音を立てて開ける。

「どうぞ・・・」
「ありがとう。変な女だと思ってる??」
正面を向いたまま、ソーセージを一口食べた女が問いかける。
「初対面の男が舐めてるガリガリ君を欲しがる女子はいないだろうな・・・そう考えると、確かに変わってるね」
「仕事で失敗しちゃったの・・・愚痴をこぼしたいんだけど、同僚には聞かせたくないし・・・つまんない意地だけどね。普段、男になんか負けないって突っ張っているから・・・心を許せる男もいないし・・・」
「クククッ・・・そんな時に人畜無害の男がアイスを舐めながら歩いていたから丁度良さそうだと思ったわけだ」
「当たらずとも遠からずとは言え、そんな言い方をされると身も蓋もないけどね」
「否定して欲しかったな・・・そんなじゃなく、カッコ好いからとか・・・」
「うん、私にはよく見えるよ。紳士かどうかは、この後の態度や言葉で決まる・・・違う??」
「どう、もう一本食べる??」
「お腹も気持ちも満足すると欲がなくなる・・・もう少し欲しいなって思っている方が楽しめるんじゃない??・・・あなたが、ただの紳士じゃなく、オス狼ならだけど」
「そうだね、ご馳走は適度にお腹が空いてた方が美味しく食べられるからね」
「ウフフッ、言葉だけじゃないでしょうね・・・どう味わってくれるの??」

「そうだな、駅上にあるホテルに部屋を取る・・・ホテルにバーはないから、スパークリングワインを持ち込む」
「初めての夜だから、シャンパンにしてくれる??」
「好いよ・・・フルートグラスはないだろうから、下着もすべて脱いだ貴女の身体をグラス代わりにして飲もうかな・・・乳房の谷間に垂らして下腹部で飲む。火照った身体に冷えたシャンパンは気持ち良いと思うよ」
「グラスになった私は飲めないの??・・・口移しで飲ませてくれるんでしょう??」
「そうだよ、シャンパンは独りで飲んでも美味しくないからね。飲み終えたらバスルームで洗いっこする」
「エッ、いやだっ・・・汗を流さないの??このままでシャンパンを飲むの??」
「当然だよ・・・せっかくのシャンパン、冷えてるうちに飲みたいからね。部屋の冷蔵庫に入れてじゃムードがね・・・」
「分かった、我慢する。そのあとは・・・いよいよ、メインディッシュに取り掛かるんでしょう??」
「いきなりメインディッシュは出てこないだろう。前菜の太腿の裏から背中を味わい、オッパイにむしゃぶりついてスープを飲む。メインディッシュは食材も吟味してるだろうから、舌だけじゃなく唇や鼻の先、指や爪まで総動員して味わい尽くしちゃう・・・」
「アァ~ン、興奮しちゃう。早く電話して・・・部屋を予約しなきゃ」

「ダブルルームが予約できたよ・・・」
「そう・・・じゃぁ、焦る事はないね。メインディッシュは美味しそう??」
う~ン・・・隣に座る女を上から下へ、下から上へと矯めつ眇めつ見たオレは口元を緩めて見せる。
「嫌な感じ・・・よぉ~く観察したでしょう、結果はどうなの??合格??それとも・・・」
「クククッ、その言い方は自信がなきゃ口に出来ないね・・・勿論、合格だよ」
「そう、良かった・・・当然、デザートもあるんでしょう??」
「メインディッシュを食べて口を拭った後は腕枕でキスをしてピロートークを楽しむ。それがデザートかな」
「うん、そうでなきゃ。私は空腹を満たすための道具じゃないからね・・・事後のフォローもちゃんとしてくれなきゃ・・・」

「ガリガリ君を舐めながら歩いていて良かったよ」
「私も・・・仕事をしくじって良かったかもしれない・・・泊まるんでしょう??・・・夜食はあるの??」
「あぁ、あるよ。きちんとしたコース料理を食べた後は気楽に食べたいね・・・そうだな、素っ裸の貴女を背中越しに抱き締めて窓に押し付ける。夜食は窓際で空に浮かぶ月に見守られ、眼下を歩く人たちを見ながら食べようか・・・」
「エッ、大丈夫??駅へ向かう人が月を見ようとして空を見上げれば見えちゃうんじゃないの??」
「ウ~ン、見えるかもしれないね。夜食とは言え、せっかくのご馳走だから見られても好いじゃない・・・嫌なの??」
「夜食を食べるのは通りを見ながら・・・それも良いかもしれない・・・ウフフッ・・・朝食前に小腹が空いてたら、フランクフルトソーセージをしゃぶって気を紛らす事にしようかな」
「クククッ・・・夕食に夜食、小腹が空くとも思えないけど・・・」
「大丈夫、私は食材としてだけではなく、調理人としてもなかなかの腕だよ。少々、しなびた食材でも蘇らせてあげる。お腹がいっぱいでも食べたくなるような料理でね・・・」
「そうか、じゃぁ頼もうかな」
「行こう、早く・・・濡れてきちゃった。ガッカリさせないでね」
「あぁ、名前も知らない女と男がホテルを目指す・・・また、フルコースを欲しくなれば、同じ時刻に同じ場所で相手を待つ・・・それも良いかもな」
「夜明けのコーヒーは??」
「良かったら・・・良かったらだけど、明日は昭和記念公園をゴールにして箱根駅伝予選会があるから一緒に見ない??」
「クククッ・・・そこまで付き合うには正式な挨拶がなきゃ・・・身体の関係から始めたけど、まじめに付き合ってくださいって・・・どう??言える??」
「う~ん・・・相性を確かめてからだな、お付き合いしてくださいって言うのは・・・」
「好いよ。ヘタだったらお願いされても断るからね・・・クククッ」



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