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「いらっしゃいませ」
「急に雨が降り始めちゃったよ」
「二日連続は珍しいなと思いましたがウチは傘代わりですか??」
「傘は差して歩けるけど、マスターの店を担いじゃ歩けないですよ」
「そうでした、傘の代わりはできないですね。ウチは雨宿り用の軒先ですね……ジントニックでよろしいですか」
よろしいですかと言いながら氷を入れたタンブラーに水を注いでステアし、グラスを冷やし始めている。

「ふぅっ~……」
独りでカウンターに座っている女性客がバーテンダーと男性客の言葉遊びを意に介する様子もなく溜息をついてバックバーを見つめている。
「おまちどうさま……悪い癖だよ」
「そうだな……ごめん」
興味深げに女を盗み見る男をバーテンダーがたしなめると、眉毛をあげて好奇心を捨て去りジントニックを口にする。
「美味いな……ジンやトニックウォーターにこだわりがなかったけどマスターの作るジントニックを口にすると、タンカレーの香りが口の中に広がる。初めての時は冷やさないのはどうしてだろうと思ったけど、香りを楽しむにはこれが好いんだな」
「こだわりがないって言うけど、違いを感じてもらえるのは嬉しいよ。酒は人生の彩、酒は喜びを二倍にし、悲しみを半分にしてくれると言った人もいるからな」
マスターは男と会話を続けながらチラッと女性客に視線を向ける。

「お代わりください……キールロワイヤルをお願いします」
飲み干したスプモーニよりもアルコール度数の強いカクテルをオーダーする。
フルートグラスとカシスリキュールを用意したマスターは、シャンパンストッパーで封をしたシャンパンを冷蔵庫から取り出す。
「このシャンパンは、昨日、彼と二人で乾杯したクリュッグ社のシャンパンで高級とされるものです。昨日、十分すぎる料金を貰っているのでキールロワイヤルはサービスさせていただきます」
「よろしいのですか??」
「魅力的な女性が憂鬱な表情されることに私も彼も堪えられるほど強くないのです」
「フフフッ、お世辞と分かっていても今の私には嬉しい言葉です」

フルートグラスの脚をいじり、口にすることもない女性客はマスターに話しかける。
「酒は喜びを二倍にし、悲しみを半分にしてくれると言うのは本当ですか??」
「さぁ、どうでしょうか??……酒を飲むのは嫌な事を忘れるためだと言った人もいます」
「酒を飲めば嫌な事を忘れられるのですか??」
「どうですかね??どんな嫌な事を忘れたいのだと聞かれて、酒のせいで嫌なことが何だったのか忘れちゃったと応えたらしいですよ」
「ウフフッ、酒のせいで一時忘れるだけですか……そうか、そうですね。酒を飲んでも逃げるだけか……」
「楽しくないことがあったのですか??……失礼なことを申し上げました。聞かなかったことにしてください」
「仕事でミスをしちゃったんです。付き合っていた彼と別れたばかりで、頭の中が整理できていないのです。酒ですべてを忘れることが出来ればいいのですが無理ですね。こんな女じゃダメですよね、どう思います??」

女はジントニックを飲む男に問いかける。
「えっ、いやぁ、美人ですよねぇ」
「褒めてもらうのは嬉しいけど、お世辞は好きじゃない」
「あなたがお世辞と言うのは他の女性に失礼ですよ……容姿は勿論だけどグラスを口にする時の姿勢が好い。制服というか、仕事をする時の衣装が似合っている人は一流だと思っています。あなたは仕事帰りでしょう??スカートスーツが似合っています。如何にもできる女性って雰囲気がします。掛け値なしに好い女です」
「ありがとう……私を誘ってもらえますか??口説いてくれますか??自信を取り戻したい」
「疲れている女性、しかもあなたのような好い女が参っている時に付け入るような真似はしたくないのでお断りします。それに自分を安売りする女性は好きじゃないです」
「そうですか……一か月後、いえ、二週間後に私が立ち直っていれば口説いてもらえますか??」
「一つ、忠告していいですか??」
黙って頷く女に向かって、
「酒は飲んでも乗られるなって言った人もいますよ」
「えっ??……飲んでも乗られるなって、まさか……ウフフッ。大丈夫です、二週間後に立ち直っていれば酒のせいにして安売りするようなことはしませんから」

「気になる男女なら酒のせいにして過ちを犯すのもいいんじゃないですか。過ちから始まる幸せもあるはずですよ」
「ウフフッ、私はそれでもかまわないけど、どう思いますか??」
「酒と女は二ごうまでとも言うから飲み過ぎなければね」
「えっ、待って、えっ……奥さんがいるの、それとも付き合っている女性がいるの??」
「はははっ、酒は二合までの部分だけです、付き合っている女性も妻もいません、マスターが証人になってくれます」
「良かった……二度と立ち直れなくなるところだった。それより、私が男を誘うことになると思わなかった……どうしてだろう??」
「運命ですよ。お客様はスプモーニとキールロワイヤルという赤いカクテルを飲まれました。今日は情熱的で活動的な気持ちだったのでしょう」
マスターの言葉で二人は顔を見合わせて笑みを浮かべる。

「三杯目を飲むなら私に選ばせてください。プースカフェスタイルのオーガズムをどうですか??」
「オーガズム……いやらしい名前。エッチなカクテルですか??」
ジントニックを美味そうに飲む男をわざとらしく睨みつけて、マスターに質問する。
「全然エッチなカクテルじゃないですよ。バーテンダーの腕を問われるカクテルです。コーヒーリキュールを底にして比重の大きい順にリキュールが層になるように注ぐカクテルです」
「ふ~ん、興味があるけど飲み過ぎて嫌われるのは嫌だから二週間後に頂きます……昨日二人で乾杯したと聞きましたが、お祝いするようなことがあったのですか??」
「マスターが振られちゃったので慰めたのですよ」
「振られた……それで乾杯するの??」
「酔っぱらった彼が、二人で飲もう。酒で忘れちゃいなよって、このシャンパンを開けたんですよ、彼の奢りでね」
「ウフフッ、忘れることが出来ましたか??」
「忘れるよりも、ヒドイ男ですよ、こいつは……マスター、明日以降、最初に独りで来た女性客を口説いちゃいなよ。この世にブスはいない、ウォッカが足りないだけだって言うロシアの諺があるからって言ったのに、最初の女性客をこいつが口説くことになっちゃったんだから。それに、こんな美しい女性が最初だったのに」
「えっ、私のせいですか、ごめんなさい……それにしてもひどい、最悪の男。ウォッカを飲めば好いなんて女をバカにしてる……ありがとう。元気になりました。今日は帰ります。二週間後に来ます、その時に嫌じゃなければ口説いてください」
「二週間後、何があっても口説きに来ます。スプモーニやキールロワイヤルがこんなに似合う女性は初めてです。おやすみなさい」

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ちっち

Author:ちっち
オサシンのワンコは可愛い娘です

アッチイのは嫌
さむいのも嫌
雨ふりはもっと嫌・・・ワガママワンコです

夜は同じベッドで一緒に眠る娘です

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