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親友の妻

相談 

ギィィッ~……「いらっしゃいませ」
重い木の扉を開けると、いつもと変わらないマスターの声が迎えてくれる。
軽く手を上げて挨拶をしたオレは、カウンターの一番奥に友人の姿を認めて近付いて行く。
他には一組のカップルがビールを飲みながら楽しげに二人の世界に入り込んでいる。

「悪いな、誘っておきながら待たせちゃって」
「いや、そんなに待っちゃいないさ」
オレは灰皿の吸殻に目をやり、黙って隣のスツールに座る。
「この灰皿は前の客だよ。マスターが片付けてくれなくてな」
「ほう、こんな珍しいタバコを吸う人間が他にも居るんだ」
「細かいな。あぁ待ったよ、30分ほどだ」

「いらっしゃいませ。お二人そろってお見えになるのは久しぶりですね」
「秘密の話はこの店に限る。マスターの口はどんな鍵を使っても開かないからな」
「金庫に秘密を入れるより、何も知らないのが一番ですね。用があれば声をかけてください」
「じゃ、最初の一声。ジントニックをお願いします」
「俺には水割りのお代わりを……」
「かしこまりました」
オレの前にジントニック、友人の前に水割りを置いたマスターはオレたちの前を離れグラスを磨き始める。
この絶妙と言って良い間がこの店のウリの一つだ。
話し相手が欲しくてカウンターに座れば、ギャンブル・女・哲学までどんな話題でも相手をしてくれる。
もちろん、心地よい時間と空間を提供するマスターの作る酒が不味いはずがない。

「で、話とは……??」
オレはカップルの女性に視線を向けながら、友人の言葉にどう答えるべきか言葉を選んだ。
「……先日、滝、お前の奥さんに会った」
「そうか、連絡したのは……いや、いぃ柏木から連絡するはずがないもんな。女の事か??」
オレの視線に気付いた女性は、軽く口元を緩めて笑みをよこしながら連れの男に分からないように軽く眉毛を上げる。男の話に飽きているようだ。
「そうだ、奥さんは悩んでいたよ」
「顔を洗ってくる……」
滝の後姿を見送りながらオレは、あの日のことを思い出していた。


「柏木さん、主人の事で相談したいことが……お時間をいただけませんか??」
親友の奥さんからの一本の電話がオレに新しい秘密を一つ作ることになるとその時は思いもしなかった。
「外で会って迷惑をお掛けするのも申し訳ないので、うちへ来ていただけませんか??主人は出張で留守なんです」

オレを迎えた彼女は、シャワーを浴びたばかりのようでパイル地のルームウェア姿から漂う香りが妙に艶かしい。
ガラステーブルの向こうで肩を落として座る姿は儚げで、溌剌とした様子に好感を持っていたオレの心が痛む。
ミニ丈のルームウェアの裾から覗く白い腿の上で両手の指先を絡め、話そうか話すまいかと迷っている風情に不謹慎な思いが宿る。
「ごめんなさいね、こんな格好で……仕事から帰ったばかりで、汗を流したところなの」
「気にしないでください。私もこの季節は帰ればすぐにシャワーで汗を流しますから」

友人の滝に紹介され、初めて会った時を思い出す。
「彼は柏木、学生時代からの親友だ。彼女は俺の妻になる女性で、卒業を待って結婚する積もりでいる」
まだ学生だった彼女の瞳はキラキラと輝き、オレの視線を避けることもなく、正面からオレを見据え、滝との将来を信じて疑うこともなく明日を見ているようだった。

その彼女が今、視線を上げることなくオレの前に座り、猛獣の前でおびえる子ウサギのように自信無げに肩を落としている。
「滝の事で相談があると言っていたけど、もしかして……浮気とか??」
滝が会社の女子社員と付き合っている事実を知っていると悟られないように、口を開こうとしない彼女に聞いてみた。
「実は……そうなんです」
口にした彼女は、腿に置いた手を白くなるほど握り締め、ますます背を丸めて肩を震わせる。
オレは抱きしめたくなる思いを追い払い、
「証拠というと大げさだけど、どうして気付いたの??」
よそよそしくなく、立ち入り過ぎないように気を付けながらオレは聞く。
「……見ちゃったんです。ホテルの会員カードを・・・先週の土曜日に」
例のカードだ。滝の不注意をののしりたくなったが、唾を飲み平静を装う。

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