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仲直り

仲直り -1

「ごめんなさい。私から会いたいって連絡したのに遅れちゃって」
「約束の時刻よりも相当早いのを承知だから君は悪くないよ。いつもの癖のようなもんだからね」
「あなたらしい。約束時刻前に待ってる……あっ、コーヒーをください」
「そんな事を意識してないよ、偶然だよ……なんか、すごく久しぶりっていう感じがするけど元気だった??」
「あまり元気じゃない……」

木曜日の16時、日の入り時刻が近付いて西の空はオレンジ色に輝き、ビルの二階にある喫茶店に長く尾を引く夕日が差し込む。
いかにも喫茶店然としてカフェという呼び方は馴染みそうもない店内は、テーブルどうしの間隔も広く、世間の喧騒から取り残されたようにゆっくりと時を刻んでいく。
目の前の男と待ち合わせの際に空いていれば必ず座る窓際の席に座り、いつものように大きなガラス窓越しに通りを歩く人たちを見ても感じ方はこれまでと違う。
楽しそうな人、人の間を縫うように急ぎ足で歩く人、混雑している通りで自分たちの世界に入り込み他人を意識することなく互いの顔を見ながら歩くカップル、此処から見る景色が好きだったけど今日は楽しめないどころか段々と憂鬱になる。
挨拶を終えると話の接ぎ穂が見つからず、視線を絡ませることもなく、むしろ避けるようなぎこちなさで遠くに見える山並みに視線を向ける。

二年ほど前、女がやっている店の常連客に連れられてきた男と男女の仲になるのは大した時間を必要としなかった。
そんな関係になっても男は週一のペースで来店してウィスキーの水割りを三杯飲んできれいに帰り、他の客が二人の関係を気付いた様子もない。
来店する前の二時間ほどを女の家で過ごし、開店準備のために先に出た後は男が一人で留守番を兼ねて一時間ほど時間調整する。
土曜日は男に用がない限り一緒に過ごす。趣味の美術館巡りに誘っても男は嫌な顔をせずに付き合ってくれるし、一枚の絵を前にしての会話も楽しい。
美術に対する造詣がないと男は言うけど感想は的外れどころか、そういう見方も出来るのだと新鮮な気持ちになることも少なくない。


五日前の土曜日。
今は挨拶を終わってぎこちなく通りを見つめる二人は女の部屋でのんびりと過ごしていた。
付き合い始めてすぐの頃のように会えば必ずセックスをするということもなく、時間と空間を共有するだけで満足できる落ち着いた関係になっていた。
男が結婚していることは初めて店に来る前に男の友達から聞いていたので二人の関係を過大に期待することもなかったし、彼も一番大切なのは妻だと正直に話してくれたので何の問題もなかった。
そして……

「ゴールデンウィークって大嫌い、あなたは??」
「好きも嫌いも考えた事はないな。どうにもならない事を考えるのは好きじゃないから。金曜の次は土曜、その次は日曜、赤く塗ってあれば休日。もっとも勤め人じゃないから、こんな事を言っていられるのかもしれないけどね」
「フフフッ、あなたらしい……半年くらい前、あなたが実家へ一人で帰った時、私が一人で宿泊するのが条件で大阪のホテルを用意してくれたでしょう。夕食を一緒に食べたあと、軽トラで御堂筋をドライブしたのが楽しかったなぁ、乗り心地は悪かったけど……いつか、一度でいいからあなたとお泊りしたいな」
「そうだな、いつって約束できないけど、一緒にホテルに行こう」
「ディユースじゃなくて??」
「もちろんだよ、温泉でもいいよ」
「嘘、そんな事を言うあなたは嫌い。あなたは、夜、絶対に奥様のところへ帰る、たとえ奥様が留守の日でも帰るでしょう。寂しいなって思うけど、決めたことを守るあなたを信用できる」
「…………」
「何か言ってよ。守れない約束をする人は信用できないし、大嫌い。好きな男の言うことは信じたいの、嘘って分かっていても信じるのが女なんだよ。あなたは守れない約束をする人じゃないと思っていた……嫌い、信じられなくなった。帰って、もう会いたくない」
「ごめんね……これまで、ありがとう」

男は立ち去り、残っているのは置いていった合鍵だけ。
独りになった部屋を見回すと彼をモデルにして描いた油絵と水彩画が掛けてあり、どうして、もう会いたくないとまで言ったのか後悔に苛まれる。
スケッチ帖を開くと何人もの彼が現れる。
笑顔、昼寝、すまし顔……スケッチ帖の中の彼と視線が合うと自然と涙が滲む。
直ぐにごめんなさいと言えばよかった。彼なら私の気持ちを斟酌してくれたと思う。
彼を追いかければよかった。買い物にでも行くかと微笑んでくれたかもしれない。
その日は店に出る気もなくなり、年末から一緒にやってもらっている女の子に、身体の調子が悪いから一人で店を開けてもらえないかと頼み、用意しておいたお通しを自宅まで取りに来てもらった。
私を一目見た彼女はすべてを推し量り、「ケンカしちゃったんですか??」
「うん、もう会いたくないって言っちゃったの。ゴメンね、今日は独りで開けてくれる??」

閉店後、彼女から連絡があり、今日は疲れたので泊めてもらえないかと言ってくれた。
彼女の優しさに甘えることにして楽しかった想い出を語り、自棄酒に付き合ってもらって泣き明かした。
「水曜日にもしも来てくれなかったら、ママから連絡した方がいいですよ。時間が経てば経つほど連絡しにくくなるでしょうから……別れるいい切っ掛けだと思っているなら別ですけど」

水曜日、わずかな期待を胸にして入口に注意を払っても彼を迎えることが出来なかった。
「ママ、欲しいものは自分で捕まえに行かないと逃げちゃうよ」
「うん、ありがとう。出来る事をやってみる」

そして、私はここにいる。
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ちっち

Author:ちっち
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アッチイのは嫌
さむいのも嫌
雨ふりはもっと嫌・・・ワガママワンコです

夜は同じベッドで一緒に眠る娘です

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